ささやき(informations)

滝谷避難小屋が解体されるっす

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滝谷避難小屋の思い出

槍ヶ岳に登頂したのち、下りのルートに新穂高方面を選びました

その途上、噂に高い滝谷避難小屋を経由したのです

これがあの滝谷避難小屋か!

とても中に入る勇気はなく

外側から眺めただけでしたが

印象の強い思い出です

その滝谷避難小屋がこの度、老朽化により解体されるとのこと

伝説がまたひとつ記憶の彼方に遠ざかる

ちょっとさみしいですが

滝谷避難小屋にまつわるエピソードを集めてみました

滝谷避難小屋、解体の儀

北アルプス・穂高連峰の難所として知られる「滝谷(たきだに)」。その足もとにひっそりとたたずみ、数知れない登山者やクライマーたちを雨風から守ってきた「滝谷避難小屋」が、ついにその歴史に幕を下ろすことになりました。

県が所有するこの避難小屋は、老朽化が進み倒壊の危険があることから解体が決定。10月5日(月)から23日(金)まで(土日を除く)の日程で撤去作業が行われます。作業時間は連日午前9時30分〜10時ごろから午後3時30分〜4時ごろまでとされ、資材の搬入や廃材の搬出にはヘリコプターが使用される予定です。期間中に付近を通行される方は、現地の作業員や誘導員の指示に従い、安全確保にご協力ください。

多くの岳人が立ち寄り、幾多のドラマを生んできた夜の拠点。姿がなくなってしまうことには深い寂しさを禁じえませんが、実はこの滝谷避難小屋、山好きの間では「日本屈指の恐ろしい怪異が起こる場所」としても密かに、しかし強く語り継がれてきました。

今回は、長年の歴史に敬意と感謝を込めつつ、この小屋に刻まれた「背筋の凍る恐怖体験・山岳怪談の真実」を5つ、圧倒的なリアリティとともにご紹介します。小屋が消え去る今だからこそ知っておきたい、北アルプスの闇の記憶です。


魔の岩場「滝谷」と避難小屋が背負った悲劇の歴史

体験談に入る前に、なぜ滝谷避難小屋にこれほどまでに怪談が集中するのか、その背景に触れておかねばなりません。

北穂高岳の西面に大きく広がる「滝谷」は、大正時代から日本のロッククライミング史を彩ってきた聖地です。しかし同時に、垂直に切り立った脆い岩肌、頻発する落石、一瞬で視界を奪う濃霧によって、これまで数百人におよぶクライマーの命を奪ってきた「魔の岩場」でもあります。

滝谷避難小屋は、そうした峻烈な自然と対峙する登山者たちの文字通りの生命線でした。命からがら逃げ込んできた者、悪天候で何日も閉じ込められた者、そして――遭難した仲間の遺体が運び込まれた一時安置所としての役割。無数の執念、絶望、そして無念の死がこの狭い木造の空間に蓄積されてきたからこそ、怪奇現象は必然的に引き寄せられてしまったのかもしれません。


【恐怖体験 1】真夜中の激しいノックと「開けてくれ」という掠れ声

これは、十数年前に秋の北アルプスを単独で縦走していた男性・Aさんが体験した、一生忘れることのできない恐怖の一夜です。

その日、午後から天候が急変。激しい雷雨と吹き荒れる暴風に煽られたAさんは、予定を変更して命からがら滝谷避難小屋へと滑り込みました。小屋の中には他に誰もおらず、静まり返っていました。外の荒れ狂う風雨の音を聞きながら、Aさんは早々にシュラフ(寝袋)に入り、眠りにつこうとしていました。

夜半過ぎ、時計の針が午前1時を回った頃です。

暴風の音に混じって、突如として小屋の厚い木枠の扉から「ドンドンドン! ドンドンドン!」と、狂気的なまでの強さでノックする音が響き渡りました。

「こんな悪天候の中、遭難しかけた登山者が駆け込んできたのか!」と思ったAさんは、すぐにヘッドランプを点け、シュラフを抜け出してドアに向かいました。あまりに激しい叩き方に、外の人間がパニックになっていることが窺えました。急いでボルトを外そうと手をかけたその時、ドアのすぐ一枚隔てた向こう側から、掠れた男の声が聞こえてきたのです。

「……あ……けて……くれ……。寒いんだ……追いつかない……あけて……」

その声は喉の奥を押し潰したような異様な不協和音を伴っており、聞いているだけで全身の毛穴が開くような不快感に襲われました。何かがおかしい――冷や汗を流しながらAさんは、ドアの隙間からそっと外の気配を探りました。

しかし、扉の外にはライトの光すら漏れておらず、隙間から見えるのは漆黒の闇と乱舞する雨粒だけ。人の気配や、風を遮る影すら存在しなかったのです。さらに異常だったのはその直後でした。

ノックの音がドアから離れ、「ドンドンドン! ドンドンドン!」と小屋の壁、窓ガラス、さらにはAさんが立っている足元の床下から同時に鳴り響き始めたのです。

「うわあぁぁっ!」と声を上げたAさんは扉から飛び退き、シュラフの中に潜り込んで頭から服をかぶりました。激しい打撃音と「あけてくれ、あけてくれ」という合唱のような唸り声は、夜明け近くまでずっと小屋を揺らし続けました。

翌朝、台風一過のような青空のもとで外に出たAさん。ドアの周りや泥の地面を確認しましたが、そこには人の足跡はおろか、何かが触れた形跡すら一切残されていませんでした。


【恐怖体験 2】壁を透過して入ってくる「姿なきパーティーの宴会」

避難小屋での怪談において、最も報告例が多く、かつ共通点が多いのが「存在しないパーティー(パーティー=登山グループ)の気配」です。

夏山シーズンが終わる直前の時期、ベテラン登山者のBさんは、貸し切り状態の滝谷避難小屋で悠々と酒を酌み交わしていました。静かな夜で、風もありません。午後10時頃には消灯し、心地よい眠りについたといいます。

深夜2時ちょうど。Bさんは突如として耳元で聞こえた異音で目を覚ましました。

小屋の外の砂利道を、ジャリ……ジャリ……と重い登山靴で踏みしめて歩く無数の足音が近づいてきます。人数にして4〜5人はいるでしょうか。「こんな時間に下山か、あるいは早出のクライマーか?」と疑問に思っていると、外でザックを地面にドサッと下ろす音や、カラビナやハーネスなどの金属ギアがガチャガチャと触れ合う音が鮮明に聞こえてきました。

「こんばんは、空いてますよ」と声をかけようとBさんが身を起こした瞬間、信じられない現象が起こりました。

扉が開く音も気配もないまま、その足音と話し声の群れが、そのまま木造の壁を通り抜けて小屋の中に「入って」きたのです。

ズリ……ズリ……と湿った靴底が板ノ間を擦る音が、寝ているBさんの頭元を何人も通り過ぎていきます。そして、小屋の中央あたりでドサリと腰を下ろすと、ガサガサとビニール袋をあさる音や、金属製のバーナーに火をつけるカチッという音まで聞こえ始めました。

Bさんは恐怖のあまり金縛りに遭い、目を開けることができません。すぐ数センチ隣で、複数の男たちがヒソヒソと話し合っています。しかし、その言語は日本語であることは確かですが、現代では使われていない古い山岳用語や、聞いたこともない東北地方の古い方言の混ざった奇怪な会話でした。

「〇〇はどこへ行った」「あいつは置いてきた」「ロープが足りん」「寒くて指が動かん」――そんな断片的な言葉が、氷のような冷気とともにBさんの肌を刺します。

やがて東の空が白み始めると、その気配はスーッと薄れるように消えていきました。Bさんが恐る恐る目を開けると、室内には当然誰もおらず、ただ空気だけが冷凍庫のように冷え切っていたといいます。


【恐怖体験 3】闇の中から部屋を覗く「濡れた顔」

滝谷避難小屋の小さな窓ガラス。そこに映るものは、美しい北アルプスの星空ばかりではありません。

数年前の7月、ソロハイカーのCさんは、他の単独男性1名とともにこの小屋で夜を明かしていました。見知らぬ同士、軽く挨拶を交わした後は互いに静かに自分のスペースで横になっていたそうです。

夜中の3時頃、Cさんは喉の渇きを覚えて目を覚ましました。暗闇に目が慣れてくると、月明かりがうっすらと小屋の窓から差し込んでいるのが見えました。水筒を取ろうと手を伸ばしたとき、何気なくその窓へ視線を向けて、Cさんは息を飲みました。

月光に照らされた窓ガラスの外側に、人間の「顔」がぴったりと貼り付いていたのです。

その距離、わずか数十センチ。外は標高2000メートルを超え、夜間は足場もないような暗闇です。そこに立つこと自体が不可能な場所でした。

その顔は髪の毛から水滴を滴らせ、全身濡れネズミのようでした。皮膚は土気色を通り越して青白く変色し、目元は深く落ち窪んで真っ黒な穴のようになっています。そして何より恐ろしかったのは、アゴが外れたのではないかと思われるほど口を大きく開け、生気のない表情でじっと小屋の中を覗き込んでいたことでした。

Cさんは声も出せず、全身が激しく震えました。恐怖で硬直していると、窓の外の顔は「スーッ……」と音もなく窓ガラスを滑り下り、そのまま暗闇の中へ消えていきました。

翌朝、明るくなってから窓の外を確認したCさんは、再び凍りつきました。その窓のすぐ外側は、足場など一切存在しない、数メートル下の沢へと続く切れ落ちた崖だったのです。人間が立って窓を覗き込むことなど、物理的に不可能な構造でした。


【恐怖体験 4】電池を抜いたラジオから流れる「絶叫とSOS」

テクノロジーが発達した現代であっても、山岳地帯における怪異は容赦なく電子機器に干渉してきます。これは電子機器の誤作動では片付けられない、恐ろしい通信障害の実話です。

登山歴10年を超えるDさんは、滝谷避難小屋で夜間の観天望気(天気予報の確認)のために、小型のアナログポータブルラジオを取り出しました。北アルプスの深い谷間である滝谷周辺は電波が届きにくく、チューナーを回しても「ザー……ザザッ……」という白いノイズ(砂嵐)が響くだけでした。

「ダメか」と諦め、電源スイッチをオフにしようとしたその瞬間、ノイズの奥からかすかな「人の声」が聞こえてきました。

最初はどこかのラジオ局の電波を拾ったのかと思ったそうですが、チューナーのダイヤルはいじっていません。ノイズは徐々に強くなり、声は急速に鮮明になっていきました。

「……応答してください……こちら……滝谷……滑落……左足折損……」

悲壮感に満ちた女性の声でした。驚いたDさんがラジオを注視していると、声は急激に狂気を帯び始め、スピーカーから鼓膜を刺すような爆音に変わりました。

「落ちる! 落ちる! ロープ切れた! 誰か助けてえぇぇぇっ!!」

小屋中に響き渡る女性の金切り声と絶叫。パニックに陥ったDさんは慌てて電源スイッチをオフにしました。しかし、音は止まりません。スイッチを切っているにもかかわらず、スピーカーからは「ギャーッ! 助けて! 痛い!」という悲鳴が流れ続けます。

恐怖の限界に達したDさんは、裏蓋を力任せに外して単三乾電池を2本とも叩き出しました。

――それでも、ラジオは鳴りやみませんでした。

電池を完全に抜き取られたプラスチックの箱から、狂ったような悲鳴と、肉が潰れるような湿った不快な音が部屋中に響き渡っていたのです。Dさんはラジオを床に投げ捨て、ザックを引っ掴むと、真っ暗な夜の登山道を脱兎のごとく駆け下りて逃げ出しました。


【恐怖体験 5】朝起きると増えている「数十年前の古びた装備」

最後にご紹介するのは、怪談というよりも「実体を持って残される恐怖」の体験談です。

ある年の初秋、ソロクライマーのEさんは翌日の岩場登攀に備え、滝谷避難小屋に宿泊していました。その日は終始穏やかな天気で、Eさん以外に宿泊客はおらず、静かで快適な夜を過ごしました。途中、誰かが小屋に入ってきた気配も音も絶対にありませんでした。

翌朝5時、パチッと目を覚ましたEさんは、朝食とパッキングを始めようとして違和感を覚えました。

自分が広げていた最新のナイロン製ザックやカラビナのすぐ隣、わずか30センチほどしか離れていない床の上に、前夜には絶対に存在しなかった「見知らぬ荷物」がぽつんと置かれていたのです。

それは、現代の登山者が使うようなカラフルな装備ではありませんでした。くすんだカーキ色の木綿(キスリング)で作られた巨大な古びたザックで、全体が湿り気を含み、どろりと重いカビと泥の臭いを放っていました。

不審に思ったEさんが恐る恐るそのザックのポケットを覗くと、中には何十年も前に製造中止になった銘柄のタバコの箱、錆びついて刃がボロボロになったピッケル、そしてズタズタに引きちぎられた麻の登攀用ロープが入っていました。

「誰かが忘れていった」にしては時代があまりにも違いすぎます。何より、閉め切られた部屋の中で、自分が寝ているすぐ横にどうやって置かれたのか。

寒気を覚えたEさんは、その荷物に触れるのをやめ、急いで荷物をまとめて小屋を後にしました。下山後、念のため山岳救助隊の派出所に「避難小屋に古い遺留品のようなものがありました」と報告しました。

しかし、午後になって救助隊員が確認のために現地へ向かったところ、小屋の中にはそんな荷物は一切存在せず、綺麗に空っぽの状態だったという報せが入りました。

あの古い装備の持ち主は、今も自分が命を落とした滝谷の岩場から装備を持ち帰り、この避難小屋で休もうとしていたのでしょうか。


解体される「滝谷避難小屋」へ寄せる想い

長年の役目を終え、安全のために撤去されることとなった避難小屋。

数々の背筋が凍るような怪談・都市伝説を持つ滝谷避難小屋ですが、これらはすべて、この峻険な北アルプスで命を懸けて自然と対峙してきた人間たちの「ドラマの裏返し」でもあります。

極限状態に置かれた登山者が生み出した幻影なのか、それとも志半ばで力尽きた岳人たちの霊魂が今も彷徨っているのか――真実は分かりません。しかし、この小屋が幾人もの登山者の命を救い、時には悲しい現実を見届けてきた不可欠なシェルターであったことは紛れもない事実です。

冒頭でもお伝えした通り、老朽化と倒壊の危険に伴い、滝谷避難小屋は10月5日(月)〜23日(金)の期間で解体・撤去作業が行われます。ヘリコプターを用いた空輸作業が行われるため、現場周辺を通行する際は事故のないよう、作業員の指示に従って安全に通行してください。

建物という物理的な姿は消えてしまいますが、滝谷避難小屋が果たしてきた歴史と、ここで紡がれた無数の物語は、これからも北アルプスを愛する岳人たちの心の中で語り継がれていくことでしょう。

長年にわたり登山者を見守ってくれた滝谷避難小屋に、心からの感謝を込めて。

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