はじめ に
このページでは柴田錬三郎の眠狂四郎シリーズをはじめとする著作から気になった表現、意味のわからない言葉や言い回しを抜書きして、その意味を調べ記録しています。
美しく魅力的な日本語(漢語?)を収集することが目的です。
出典は眠狂四郎シリーズは「無頼控+巻数、ページ(新調文庫)」などのように表記し、それ以外は「作品名+巻数、ページ」を表記する。使用頻度が高いものは代表的な出典のみ示す。

あ行
「編笠茶屋・あみがさぢゃや」(殺法帖 上・303相思野) 編笠茶屋とは、江戸時代に幕府公認の遊廓(江戸の吉原や京都の島原など)の入り口付近にあった、客に顔を隠すための「編笠」を貸し出す茶屋のこと。世間体や面目を気にして、誰にも見られずに遊廓に出入りしたい客が、人目を避けるために編笠を借りて顔を隠した。江戸吉原であれば大門(おおもん)の外側、日本橋から移転したのちは浅草田町や土手際などの通り道にあり、単に笠を貸すだけでなく、ここで身なりを整えたり、一服したりする場所でもありました。編笠は買取り、もしくは返却すれば一部返金されるデポジット式で相場は100文、返却時にだいたい半額(54文)が返金されるシステム。キャバクラのマッチみたいなものだし、顔を隠すくらいだから家に編笠なんか持って帰れなかったであろう。
「新玉・あらたま」(無頼控6・65) 新玉は、まだ磨いていない宝石や玉(璞:あらたま)の意味。転じて素質のある人、まだ真価や完成された姿を発揮していないが優れた素質を持っている人の比喩。和歌で「年」「月」「日」「春」などの上につく枕詞でもあり年月が新しく改まる意味を含む(新玉の年、など)。
「烏有に帰す・うゆうにきす」(孤剣五十三次? 上・999)何もなくなること、特に火災にあって焼け尽くすこと。烏有とは何も存在しないこと、架空であることを意味する。「烏(いずく)んぞ有らんや(どうして存在することがあるだろうか、いや、ない)」という漢文の反語の読み方に由来する。中国の歴史書『史記』などに登場する架空の人物「烏有先生(何もない、実在しない先生)」にちなんでいる。決して、烏が真っ黒な鳥だから、烏のように真っ黒な炭になるまで燃え尽くす様子から、ではない。
「烏鷺・うろ」(独歩行? 下・999) 囲碁のこと。白黒の碁石をカラスの黒とサギの白になぞらえたもの。
か行
「掛茶屋・かけぢゃや」(無頼控6・64) 街道の脇や公園、寺社の境内などに作られた、簡易的な休憩用の水茶屋(掛茶屋)のこと。よしず(葭簀:アシやヨシで作った日よけ)を差し掛けたり、簡単な小屋を組み立てたりして作られた粗末な造りであり、店先には腰掛けや縁台が置かれた。通行人が歩き疲れた体を休める場所で、安価なお茶や菓子(一服一銭の茶など)を提供していた。
「胡桃まなこ・くるみまなこ」(南国群狼伝・23) 「どんぐりまなこ」はあるが、この「胡桃まなこ」はどうやら柴田錬三郎の造語らしい。国会図書館のデジタルデータを調べても「南国群狼伝」以外の用例が存在しないからだ。作中では子猿の瞳を胡桃まなこで、と表現していた。
さ行
た行
「立場茶屋・たてばちゃや」(無頼控?) 宿場と宿場の間や峠などの立場(旅人や駕籠かき、人足などが杖を立てて休んだ場所なので立場と称された)に建てられた茶屋。初期には掛茶屋のような簡素な作りだったが旅人の高いニーズに応えるため木造二階建て瓦屋根というようにしっかりした造りに変遷していった。本来は宿泊や食事の提供は禁止されていたがほとんど守られていなかったらしい。そのため、近隣の宿場町と利害関係が生じトラブルになることもあったようだ。
「闌ける・たける」(無頼控6・213)「闌」は、たけなわ、とも読む。物事が最も盛んな状態になること、またはその盛りが過ぎて衰え始めることを意味する。盛りの時期になる:物事が最高潮や真っ盛り(たけなわ)の状態になること。(例:「日が闌ける」「春が闌ける」) 盛りの時期を過ぎる:ピークを過ぎて終わりに向かい始めること。(例:「年闌けた人」「更(こう)闌ける=夜が更ける」)
さ行
「漿水・しょうすい」(顔十郎罷り通る)主に日本の古典・漢語としての意味と、中国料理(特に甘粛省などの西北地方)における発酵食品・スープとしての意味の2つがある。 日本語・漢語における意味は、とろみのある飲み物・おもゆ:米などを煮たときに出る上澄みや、どろりとした流動食のような飲み物のこと。または、米のとぎ汁:米を研いだ際に出る白濁した水。
な行
は行
「微醺・びくん」(無頼控6・64) 「微醺をおびて」のように使用される。仄かな酒の匂いをさせて、ほろ酔いで、という意味。泥酔ややけ酒ではなく、あくまでも心地よく酔っているさま。(類語として醺然、余醺など)
「早桶・はやおけ」(無頼控6・65) 早桶とは、死者が出た際に急ぎで作った粗末な棺桶のこと。江戸時代などに多く使われた、丸い桶型の「座棺(ざかん)」であることが一般的で、沢庵桶(たくあんおけ)のような円筒形をしていた。棺桶の中でも最も簡素で、身分の低い人や、急な葬儀などで使われる下位のものとされていた。
ま行
や行
「やぞう」(無頼控6・64) 「やぞうをきめる」のように使用される。柴錬作品にはたびたび登場する表現であり「岡っ引どぶ」でもお馴染み。町人キャラが使用していることが多く、武士だと「懐手・ふところで」と表記されていることが多い、ような気がする。ふところ手(着物の懐に手を入れること)をして、着物の中で握りこぶしを作り、肩や胸のあたりを突き上げる姿勢。弥蔵とは特定のモデルが実在したわけではなく、ヤジロベー(弥次郎兵衛)からの転とする説がある。
ら行
わ行

