「やぞうをきめる」の「やぞう」って何?――弥次郎兵衛から生まれた江戸の言葉
「やぞうをきめる」という、ちょっと変わった言い回しをご存じでしょうか。
「やぞう」と聞くと、「弥蔵」という人の名前なのでは?と思ってしまいます。実際、「弥蔵」という男性名は江戸時代にも使われていました。
ところが、調べてみると、この「やぞう」には、江戸時代の人々の洒落や見立てが絡んだ、なかなか面白い由来が見えてきます。
「やぞうをきめる」とは、そもそも何?
辞書に載っている「弥蔵を極める(やぞうをきめる)」は、江戸時代から近代にかけて使われた俗語です。
もともとの「弥蔵」は、懐手をして拳を握り、肩のあたりを突き上げるような格好を指したとされています。
現代風にイメージするなら、両手を懐や袖の中に入れ、肩をいからせるようにして歩く、ちょっと気取った人物の姿でしょうか。
そして「弥蔵をきめる」「弥蔵を組む」などの表現が使われるようになりました。
さらに「弥蔵を極める」には、別の意味もあり、両手の拳で相手の頭を左右から挟むようにして、ぐりぐりすることを意味するようになりました。
では、「弥蔵」という人がいたのか?
ここが最初の疑問です。
答えは、「弥蔵」という名前の人は実際にいました。
ただし、「弥蔵という人物が独特の喧嘩の仕方をしたから『やぞうをきめる』という言葉が生まれた」という証拠があるわけではありません。
むしろ、「弥蔵」という人名らしい言葉を、江戸の人々が特定の姿勢や格好を表す言葉として転用したと考えたほうが自然です。
「弥蔵」は「弥次郎兵衛」から来た?
辞書類には、「弥蔵」を「弥次郎兵衛の転語」と説明するものがあります。
ここで出てくる「弥次郎兵衛」とは、現在でも「やじろべえ」と呼ばれている、あの玩具のことです。
棒の中央付近を支点として、左右に腕を伸ばし、その両端に重りをつけてバランスを取る人形です。
つまり、語の流れとしては、次のようなものが考えられます。
与次郎人形
↓
与次郎兵衛
↓
弥次郎兵衛(やじろべえ)
↓
弥蔵(やぞう)
ただし、ここには注意が必要です。
「弥次郎兵衛」から「弥蔵」へ、どのように変化したのかを明確に説明する江戸時代の一次資料は確認できません。
したがって、「やじろべえ」が音韻変化して単純に「やぞう」になった、と考えるのは少々無理があります。
そもそも「弥次郎兵衛」は弥次喜多の「弥次」ではない?
ここも非常に面白いところです。
「弥次郎兵衛」と聞くと、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に登場する弥次さんを思い浮かべる方も多いでしょう。
しかし、玩具の「やじろべえ」という名称は、弥次喜多の弥次から生まれたものとは考えにくいのです。
なぜなら、「与次郎兵衛」という名称は、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』より前の江戸時代中期から使われていたとされているからです。
つまり、
弥次喜多の「弥次」→弥次郎兵衛→やじろべえ
という単純な流れではありません。
では「与次郎」とは誰なのか?
さらに古い資料をたどると、今度は「与次郎」という名前が登場します。
江戸時代の資料には「与次郎人形」という名称が見られ、その由来については複数の説があります。
その一つが、「与次郎」という人物が人形を使って物乞いをしていたという説です。
また、笠をかぶって踊る「叩きの与次郎」の姿に似ていたため「与次郎人形」と呼ばれたという説もあります。
つまり、「やじろべえ」という言葉をさらに遡ると、江戸時代の門付け芸や物売り、見世物の世界につながってくる可能性があるのです。
「与次郎」から「弥次郎」へ
「与次郎」と「弥次郎」は、読み方がほぼ同じです。
江戸時代の俗語や戯作の世界では、同じ音の言葉に別の漢字を当てることは珍しくありません。
そのため、
与次郎
↓
弥次郎
↓
与次郎兵衛・弥次郎兵衛
という表記の変化が生じたと考えられます。
そして、この「弥次郎兵衛」が、現在の「やじろべえ」につながっていきます。
では、なぜ「弥次郎兵衛」が「弥蔵」になったのか?
ここが最大の謎です。
現時点で確認できる資料からは、「弥次郎兵衛」という言葉の音が規則的に変化して「弥蔵」になったとは考えにくいでしょう。
むしろ重要なのは、「形の見立て」です。
やじろべえは、中央を軸として左右に腕を広げています。
一方、「弥蔵」は、懐手をして左右の肩をいからせるような姿を表します。
どちらも、左右に張り出したものを持つ、人間のような姿に見えるわけです。
そこから、江戸の人々が「やじろべえ」のイメージを人間の姿に重ね、さらに人名らしい「弥蔵」という言葉に仕立てた可能性があります。
これは、江戸時代の言葉遊びや洒落としては十分にありそうな発想です。
「弥蔵」は単なる人名ではなかった
さらに興味深いことがあります。
「弥蔵」は単なる男性の名前としてだけでなく、江戸時代には奉公人などの男性を指す通称として使われたとする説明もあります。
つまり「弥蔵」という言葉そのものに、ある種の「男らしい人物」「江戸の男」というイメージが付随していた可能性があります。
その人名らしい言葉が、いつしか特定の「格好」を意味する俗語になった、と考えると、「弥蔵」という表現が生まれたことも少し理解しやすくなります。
「弥蔵をきめる」へ
こうして「弥蔵」が特定の姿勢を表す俗語として定着すると、
弥蔵を組む
弥蔵をきめる
弥蔵を極める
といった表現が使われるようになります。
近代文学にも「弥蔵をきめる」という表現が登場します。
つまり、現在ではほとんど耳にしない「やぞうをきめる」という言葉は、江戸時代の人々の姿形を言葉にしてしまう洒落から生まれた可能性が高いのです。
まとめ――「やぞう」は人の名前だったのか?
ここまでを整理すると、次のようになります。
- 「弥蔵(やぞう)」という男性名そのものは実在した。
- しかし、特定の「弥蔵」という人物が語源になったという証拠はない。
- 辞書では「弥蔵」を「弥次郎兵衛の転語」とする説明がある。
- 「弥次郎兵衛」は、さらに古い「与次郎人形」に遡るとする説がある。
- 「弥次郎兵衛」→「弥蔵」の具体的な変化については、確定的な一次資料は確認できない。
- 「弥蔵」は、やじろべえのイメージを人間の姿に見立てた江戸の洒落・俗語だった可能性がある。
したがって、いちばん慎重な結論は、
「やぞうをきめる」の「弥蔵」は、実在した特定人物の名前がそのまま語源になったのではなく、「弥次郎兵衛(やじろべえ)」との関連が指摘されている、江戸時代の人名風の俗語である。
ということになります。
「やじろべえ」から「やぞう」へ――。
一見するとまったく関係なさそうな二つの言葉ですが、江戸時代の洒落・見立て・人名のもじりという文化を考えると、意外につながって見えてきます。
昔の日本語には、現代人には想像もつかないような「言葉の遊び」がたくさん残されています。「弥蔵をきめる」も、そんな江戸の言葉遊びの名残なのかもしれません。