「佐藤隆介が語った『ねんかいさん』の正体を追う」
昨日かってきた茗荷を、「念海さん」にして、美味しく頂きました。
前にも確か書いたと思うのですが、「茗荷を小口切りにして、鰹節をたっぷりかけて醤油をかけて食べる」これが 念海さん。
昔新聞に載っていた 石井桃子さんの連載小説の中に出てくるお話。
主人公一家の隣の念海さんちのご主人、とても気のよい方で、ある秋の夕暮れ時駅前の八百屋さんの店先に、笊に盛られて売られていた茗荷にふと目を止めて、見ていたら、お店の人に勧められ、余りに安かったので、沢山買い込んでしまったのです。断りきれなかったのだそうですが、余りに多く買ってしまい、仕方ないので 隣に住む主人公の所に どっさりと茗荷がやって来てしまったのだそうです。
貰った方も そんなに沢山な茗荷の処置に困り、取りあえず小口切りにして鰹節を掛け醤油で食べたら これが美味しくて、それからこの一家の秋の定番料理となった とかいうお話。
確かにこれは ご飯が進むクンですし、お酒の肴にもよろしい というわけで、我が家の定番料理になり、名は「念海さん」
残りは、縦に薄く切って 梅酢に漬けておきました。
WEBで「ねんかいさん」を検索すると「茗荷のおかか和え」の名称として語られているのは上に引用した2009年のとあるブログ記事ただ1例のみである
私が作る場合は佐藤隆介氏の記述に従って、茗荷とちくわを薄切りにし醤油をかけて(ゆずポン酢の時もある。また適量のネギを加える場合もある)かつお節をたっぷり乗せて混ぜ合わせる
この場合は、細かく切ったほうが私は好みである
美味しいので最近は頻繁に夕食の献立に上らせている
さてさて、この「ねんかいさん(念海さん?)」だが、どこからどのように広まったものなのか、その由来を知りたいと思い調査してみた
以下にその顛末を述べる
「ねんかいさん」を求めて
その名は「ねんかいさん」
「ねんかいさん」という料理をご存じでしょうか
私がこの名前を初めて知ったのは、作家・佐藤隆介氏の著作に関する話がきっかけでした
茗荷(みょうが)を刻み、鰹節と和え、ときには竹輪も加えるという、ごく素朴な家庭料理
それが「ねんかいさん」と呼ばれていたというのです
しかし、インターネットで検索してもほとんど情報が見つかりません
「本当に存在した料理なのか?」
そんな疑問から、時間をかけて調査を進めてみました
全国的な料理名としては確認できず
まず、料理名そのものを調べました
料理辞典、郷土料理の紹介サイト、食文化に関する資料、レシピサイトなどを横断的に確認しましたが、「ねんかいさん」「念海さん」という料理名は確認できませんでした
少なくとも、全国的に知られた郷土料理や一般的な家庭料理の名称ではないようです
「念海」という漢字は正しいのか?
次に、「念海」という漢字についても調査しました。
歴史上には「念海」という名の僧侶は存在しますが、料理との関係を示す資料は見当たりませんでした
また、「念海」という名称の食品や郷土料理も確認できません
つまり、「念海さん」という漢字表記は後から当てられたもので、もともとは音だけが伝わっていた可能性も考えられます
「○○さん」と呼ばれる食べ物は珍しくない
日本には、
おいなりさん
おかいさん
おこうこ
など、人名のような呼び方をする食べ物があります
そのため、「ねんかいさん」という呼び名自体は不自然ではありません
問題は、その由来がどこにも残っていないことです
最大の手掛かりは佐藤隆介氏
今回の調査で最も重要だと思われるのが、佐藤隆介氏の回想です
伝えられている内容によれば、
昭和30年代頃
母親が家庭で作っていた
茗荷を刻み、おかかで和える料理
「ねんかいさん」と呼んでいた
という証言があります
もしこれが事実であれば、「ねんかいさん」は全国区の料理ではなく、特定の地域や家庭だけで伝承されていた呼び名だった可能性が高いと考えられます
南会津地方との関係
これまでの調査では、南会津地方との関係も浮かび上がっています
しかし、
福島県の郷土料理集
地域食文化資料
方言集
民俗資料
などを調べても、「ねんかいさん」という名称は確認できませんでした
だからといって存在しなかったとは言い切れません
地域の集落や一軒一軒の家庭だけで使われていた料理名は、文献に残らないことが少なくないからです
現時点で最も有力な仮説
今回の調査を踏まえると、私自身は次のように考えています
「ねんかいさん」は、
茗荷のおかか和え(場合によってはちくわ入り)という素朴な家庭料理に付けられた、ごく限られた地域だけの呼び名だった可能性が極めて高いのではないでしょうか
つまり料理そのものは特別ではなく、「名前」だけが地域固有だったということです
今後の調査課題
この謎を解明するには、一般的なWeb検索だけでは限界があります
今後は、
佐藤隆介氏の著作をすべて確認する
福島県立図書館や南会津地方の郷土資料を調査する
地元の高齢者への聞き取り調査を行う
昭和20~30年代の食文化資料を確認する
といった、一次資料に当たる調査が必要になるでしょう
おわりに
インターネットには数え切れないほどの情報がありますが、それでも見つからない言葉があります
「ねんかいさん」は、その代表例かもしれません
もしこの料理をご存じの方、ご家族から聞いたことがある方、あるいは地域で今もそう呼んでいるという方がおられましたら、ぜひ情報をお寄せください
一つの家庭料理の名前から、日本の地域文化や食の記憶がよみがえるかもしれません
それこそが、「ねんかいさん」を追い続ける価値なのだと思います
ところがここで、冒頭に掲げた石井桃子作の新聞連載小説が出てくるのである
題名は「迷子の天使」
一説によれば隣人ではなく主人公の名前が念海さんらしいのだが
以下を読まれたい!
緊急浮上! 石井桃子作「迷子の天使」に書かれていた「ねんかいさん」
調査結果:「念海さん」の完全な? 由来
1. 原作となった作品
作品名: 『迷子の天使』
著者: 石井桃子(『クマのプーさん』の翻訳や『ノンちゃん雲に乗る』で有名)
初出: 1958年(昭和33年)『東京朝日新聞』夕刊にて連載(のちに福音館書店などから単行本化)
2. 物語の背景と「念海さん」
この小説の主人公は、お人よしで猫好きな主婦のいる**「念海(ねんかい)家」**です。
物語の中に、お隣さん(あるいは近所)とのやり取りとして、まさに提示していただいた通りのエピソードが登場します。
小説内のエピソード:
気のいい念海さんのご主人が、駅前の八百屋さんで安売りされていた大量の茗荷(みょうが)を断りきれずにどっさりと買い込んでしまい、処理に困ってお隣(主人公の家)にお裾分け(押し付け?)します。
もらった側も「こんなにたくさんの茗荷をどうしよう…」と困惑したものの、刻んでかつお節と醤油をかけて食べてみたところ非常に美味しかったため、それ以来その家庭で「念海さん(から貰った茗荷の食べ方)」として定番化した……というお話です。
「念海さん」という料理の広がり
この作品を読んだ読者のご家庭(文章の筆者様のご家庭など)で、小説の中のエピソードにちなんで「我が家でもこれを『念海さん』と呼ぼう」とレシピ名として採用され、そのまま**「家庭内の愛称・定番メニュー」**として語り継がれていたのが真相です。
公的な郷土料理名や一般的なレシピ本に載っていない理由は、特定の文学作品のユーモアに由来した**「知る人ぞ知る、文学的な家庭料理の愛称」**だったからと言えます。
料理としてのポイント
「刻み茗荷 + かつお節 + 醤油」という構成は、小説の時代(昭和30年代)から現代に至るまで変わらない、日本の薬味文化の極みのような組み合わせです。
ちくわを入れる応用:
元の小説ではシンプルに「茗荷+かつお節+醤油」でしたが、そこに旨味や食感をプラスするために「ちくわ」を入れるアレンジが各ご家庭で加わっていったと考えられます。
長年の疑問のピースが完璧に嵌まる、とても素敵な由来でした!
うむ、これで終わればとてもスッキリするところなのだが
だがしかし、この「迷子の天使」の連載されていた時期は、年齢的に佐藤隆介氏が家庭で念海さんを食べた時期(旧制中学の頃)よりも後なのではないか、という可能性が高いのだ
であるとすればだ、
石井桃子氏が作品に「念海さん」を登場させるのに先立ってすでに「念海さん」が存在していた可能性が高い!
石井桃子氏と斎藤隆介氏はそれぞれ別個に「念海さん」にコンタクトしたはずなのだ
謎は深まるばかりである!
私の「ねんかいさん」を求める旅は続く!