【登場人物】
語り手(元・移動劇団の座長。古びた本を片手に、寄席の看板のような男)
第一幕:消しゴム大国と足し算の魔術
(舞台、明かりが点くと、語り手が大きな地球儀をごろごろと転がしながら現れる。懐から一枚の古びたカレンダーを取り出して、客席に見せる)
語り手
みなさん、本日はお日柄もよく……おや、よく見るとこの暦、六月四日のところだけ、綺麗さっぱりハサミで切り取られておりますな。
そう、あちらの大陸じゃあ、この「六月四日」という数字を寄席の符牒(ふちょう)みたいにネットの電脳空間へ書き込んだが最後、お役人の手によって、それこそ「秒」の速さで消しゴムをかけられてしまう。天安門広場で若者たちが流した血は、歴史の教科書からも、人々の記憶からも、国家の特製消しゴムで「なかったこと」にされてしまうのでございます。
ところが、世の中おもしろいもので、あちらの国は「あったこと」を消すのが得意な反面、「なかったこと」を「あったこと」に膨らませる足し算の魔術も大得意で。
いわゆる南京の悲劇というやつですがね、これが年を追うごとに、まるで湯豆腐が水分を吸うみたいに被害者の数が増えてゆく。気がつけば「三十万人」という、途方もない大入満員の手札に化けてしまった。
不思議なことに、一九八五年の夏が来るまでは、あちらの教科書には一行も書いていなかった。あの国で学生時代を過ごし、のちに日本へ帰化されたお侍——石平(せきへい)さんという方がおられますが、彼だって「当時は聞いたことも、見たことも、お釈迦様でも気がつくめぇ」と言っておられた。
(語り手、懐から一平卒の帽子を取り出して、おどけて被る)
そりゃあね、戦場です。向こうの兵隊さんは、軍服を脱ぎ捨てて一般庶民の着物を泥泥(どろどろ)に着込み、懐からいきなり鉄砲をぶっ放してくる。いわゆる「便衣兵(べんいへい)」ってやつだ。国際法なんてお堅いルールは、あちらの辞書には載っていやしない。こっちの兵隊さんだって命がけですから、応戦せざるを得ない。それを「それ見ろ、日本軍が民間人をいじめた」とやられたんじゃあ、あっちの空で戦死した英霊たちも「冗談じゃねえや、お天道様は見てるぞ!」と、化けて出てくるに決まっております。
第二幕:隣の芝生は血の海か、札束の海か
(語り手、地球儀をぐるりと回して、今度は小さな島を指さす)
語り手
さて、昭和の日本が焼け野原から「もはや戦後ではない」なんて、汗水たらして泥縄の復興をしていた頃、あちらの大陸は身内同士でドタバタと大喧嘩の最中。
負け色濃厚になった蒋介石さんの国民党軍が、命からがら台湾へ逃げ込んだ。で、この居候(いそうろう)たちが、まぁ行儀が悪い。泥棒、乱暴、狼藉の三拍子。
一九四七年の二月二十八日、台北の街頭で、タバコを売っていた一人の弱々しいお婆さんを、軍隊の男が手荒に痛めつけた。これを見て黙っていられなかったのが、日本の近代教育を受けて「正義とはなんぞや」を叩き込まれていた台湾の知識人たちです。
「おい、これ以上の狼藉は、この日本男児(内省人)が許さんぞ!」
と立ち上がった。ところが、あいにく頼みの日本軍はもう引き揚げた後。丸腰の彼らに向けて、国民党軍は容赦なく引き金を引いた。それも一週間やそこらの間に、数万人をあっちの世へ送ってしまった。
かつて日本が日清戦争の後に、国費をうんと注ぎ込んで、未開の地だった台湾に鉄道を敷き、学校を建て、五十年かけて築いた近代国家の法秩序。その五十年間で裁判にかけられた死刑囚の数より、蒋介石さんがたった一週間で片付けた同胞の数のほうが、何十倍も多いというのですから、歴史の神様も皮肉な薄笑いを浮かべるしかありませんや。
(語り手、やれやれと首を振る)
あちらの大陸は、共産党の世の中になってもこの調子。
毛沢東大先生という、おヒゲはないが尊大な親分が天下を取ったものの、政治のアイディアはからっきし。日本が満州に残していった極上の遺産をペロリと平らげた後は、「十五年でイギリスを追い越すぞ!」と大号令をかけた。
「大躍進」なんて格好いい名前ですがね、中身はただのバタバタ劇。全国の庭先へ、泥んこのおもちゃみたいな溶鉱炉を作らせて、飯を炊く鍋や、畑を耕す鍬(くわ)まで「鉄が必要だ!」と溶かしてしまった。出来上がったのは使い物にならない鉄のクズ。道具を失った農民たちは米も作れず、待っていたのは四千万人とも言われる大飢饉。
これに慌てた大先生、一度は引っ込んだものの、今度は「紅衛兵」なんていう、学校サボりの若者たちをけしかけて、知識人や地主を血祭りにあげた。国を挙げての集団暴行、まるでヤクザの親分が国会議事堂に踏んぞり返っているようなものです。そんな大先生のデカい肖像画が、今でも天安門にデ大々と飾られているっていうんだから、お隣の国ながら、まことに「おっかない」の一言に尽きます。
第三幕:お人好しのカンパと、手のひら返し
(語り手、扇子を広げてパタパタとあおぐ)
語り手
だけど、さすがにこれじゃあ飯が食えないと、お隣さんもようやく目を覚ました。ふと東の海を見れば、こないだ負かしたはずの日本が、またたく間に世界第二位の経済大国にのし上がり、新幹線を走らせ、オリンピック(一九六四年)で行進している。
「こりゃあ、あの島国のお宝を引っ張ってくるに限る」
そこで田中角栄さんが飛行機で乗り込んで、国交正常化。
日本人はお人好しですからね、「過去の償いだ」なんて言って、ODA(政府開発援助)という名前の、莫大な、それこそ天文学的なお札の束を差し出した。北京の立派な空港も、街を走る地下鉄も、船が着く港も、みんな日本人の汗と税金で作られたものです。
ところが、あちらの政府は「これは俺たちの徳が高いために、天から降ってきたものだ」と言わんばかりに、自国の国民には一切内緒。
それでも、八〇年代までは良かったんです。高倉健さんの映画や、山口百恵さんの歌声が大陸へ渡ると、あちらの人々も「日本人は素晴らしい!」と熱狂した。
しかし、これに慌てたのが共産党の偉い人たち。
「おい、このままじゃ、みんな日本が好きになって、俺たちの言うことを聞かなくなるぞ」
とくに江沢民さんというお方が大統領の椅子に座ってからは、方針をガラリと変えた。「これからは、毎日、日本を憎む教育を徹底せよ!」とね。
(語り手、急に弱腰のジェスチャーをして、ペコペコと頭を下げる)
ここから南京の数字がぐんぐん跳ね上がり、日本の総理大臣が靖国神社へお参りするだけで「けしからん!」と怒鳴り散らす。日本側も弱腰でね、中曽根さんあたりから「すんまへん、もうお参りはやめます」と縮こまっちまった。それを見たお隣のコリア(韓国)までもが、「じゃあ、こっちは慰安婦問題だ、そら、お札をよこせ」と、四十年の時効をとっくに過ぎてから大合唱を始める。
まったく、あちらの国々は、国内の政治が怪しくなると、決まって日本という便利な「叩き太鼓」を引っ張り出して、ドンドンと叩いて憂さ晴らしをする。
都合が悪い歴史には消しゴム。
他人の功績は、自分の手柄。
お人好しの日本は、いつまでいいように使われ、ペコペコと頭を下げ続けるのでしょうか。
(語り手、カレンダーの切り取られたページをじっと見つめる)
まぁ、愚痴が長くなりました。
あの国の人々が、お役人の目を盗むことなく、堂々と「六月四日の天安門」について語り合い、お互いに本当の歴史の教科書を読める日は、一体いつのことでございますかねぇ……。
(語り手、深々と一礼し、地球儀を転がしながら舞台裏へ消える。幕)